ケツベツノヒ
「ご報告致します! 脱走者たちは停泊中の戦艦を乗っ取り、外洋に出るつもりのようです!」 「この手際の良さ……かねてから計画していたとしか思えません!」 騒がしく報告する部下たちに、主席と呼ばれた青年は軽く手を上げた。 「落ち着くんだ。すでに追跡隊は出ているね? 後続でもう三部隊を出すんだ。ただし、なるべく極秘に。この件が漏れれば、動揺が広がる恐れがある」 「は!」 敬礼して出て行く部下たちを見送り、一人になった執務室の窓から、青年は遠くに見える海を見下ろした。 ずっと一緒に育ってきた、ともにこの世界の頂点に君臨すべく切磋琢磨してきた存在。 その彼が、反逆者として投獄されたのは、つい先日のことだ。 そして、今日。 彼は、繋がれていた牢獄から脱走を果たした。 彼を支持する、多数の人間を連れて。 「君なら、最期まで諦めないんだろうね」 ぽつり、青年は呟いた。 それは揺るぎない確信だった。 限られた人間が支配するこの世界の体制に疑問を持ち、それに止まらず世界を根本から変えようと考えている彼なら、きっと青年が差し向ける追手も振り切り逃げおおせるだろう。 その後、彼がどうするのか。 その未来が、青年にははっきりと見えた。 すなわち――青年と敵対し、青年を筆頭としたこの世界を、滅ぼそうとする、きっと。 「残念だよ、とても」 もうひとつ、そう呟いて。 青年は、椅子に深く腰掛け、目を閉じた。 彼はけして自分の意思を曲げないだろう……しかし、それは青年も同じだ。 青年には、今の世の在り方が間違っているとは、けして思えないから。 確かに、現在の政治体制の在り方に不備があることは認めよう。 そのせいで、世界に余計な悲しみが溢れてしまっていることも。 その事実に、心を痛めないわけではない。 だが、不備があるなら、それは正していけばよいのだ。 他でもない、青年自身の手で。 それは可能なことであると、青年には確信できているのだから。 本当なら、彼にもそれを共に為して欲しかったのだけれども……こうなってしまっては、仕方がない。 彼はすでに、青年の目指す『平和』の障害となってしまった。 彼は排除されなければならない、この世界の秩序のために。 だから、せめて。 彼の幕引きは、青年自身の手で用意しなければならない。 それが、この世界を統べる地位を手に入れた青年の責任で――そして同時に、彼の『友』としての最後の餞なのだから。 窓の下、遠い海の先には、いくつかの光が瞬いては消えている。 おそらくあれは、彼が乗る船と追手との交戦の光だろう。 その光を見つめながら……青年は、親友との決別を改めて思い知ったのだった。
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