「『お菓子くれなきゃいたずらするぞ』って言ってみろ」 偉そうに言い放つ上司(海賊、しかも現在最強最悪の海賊とか言われてる)と、その足元できょとんとした二人のこども(片方は無表情な魔女っ娘ルック、もう片方は着ぐるみのもふもふオオカミ)を見て。 女は真剣に転職を考えた。 事の始まりは二時間ほど前にさかのぼる。 性懲りもなく一人でどっかほっつき歩いて留守をしていた上司――いや、船長が大きめの袋を二つと、それより少し小さめな袋を持って艦に戻ってきた。 船長がいなかった間、その右腕を務める彼女がいかに苦労してきたか、コンコンと切々と、小一時間ほど説教しようと待ち構えていた女の腕に大きめの袋二つを押しつけると。 「それチビどもに着せとけ」と男はとりつくしまもなく、さっさと部屋にひっこんでいってしまった。 残された女は、仕方なく。「着せとけ」ということは服だろうと当たりをつけて袋の中身を確認して。 ひくりと顔を引き攣らせた。 つまり、冒頭の魔女っ娘服と、もふもふオオカミの着ぐるみ、だったというわけだ。 船長である男が「着せろ」と言ったなら、それはすでに命令であって。 逆らう、ということはこの船の常識ではありえない。 「チビども」こと、船長の養い子二人は嫌がるかと思いきや、特に疑問も持たずに女に言われるまま、それぞれの服(服?)を着た。 多分、これがヘンな恰好だという意識もないのだろう。 ちょっと二人の将来が心配になったので、おいおい常識というものを教え込んでいこうと女が心に誓ったのはさておき。 それを着込んだ二人は、文句なしに可愛かった。 いつも無表情な白い髪のこどもは、濃い紫にオレンジの星が描かれたのとんがり帽子と、きらきらしたビーズがたくさん縫いつけられた同じ色のワンピースと、もう少し色が黒に近いマントに身の丈ほどの箒を持って(もう片方の腕には、いつも持っている白ウサギのぬいぐるみを抱えているのがちょっとミスマッチ) 同じくいつも無口な黒髪のこどもは、全身あたたかな茶色の柔らかい毛皮に包まれ、ピンととがった耳ともふもふ尻尾を引き摺りながら。 船長室に行くまでに行き合った仲間たちはみな、大絶賛だった。 総じてこの船の船員は、船長の養い子たちに甘い――船長を筆頭に。 それはもちろん女も例外でなく、着替え完了後にばっちりカメラにその姿を収め済み、だ。 ちなみに、後でちゃんとアルバムに貼られる予定。 「――入ります」 船長室の前、軽くノックをすると応の声があったのでそのまま開く。 「ちゃんとお言いつけどおり、チビさんたち着替えさせましたよ。何をするつもりなんです?」 「おお、似合うじゃねえか」 女の質問にも答えずに、男はこどもたちの出来上がり具合に満足なご様子だ。「写真撮ったか?」と聞かれ「もちろん」と頷く。親馬鹿め、と思ったのはナイショだ。 そして、冒頭の台詞へと繋がるのだった。 「……ああ、ハロウィンでしたか」 「だぜ。忘れてたろ。俺もだが」 きょとんと見上げるこどもたちを尻目に女は納得した。 本日、十月三十一日は、いわゆるハロウィン――まあ、起源はこの際置いておくとして、こどもたちが仮装をしてお菓子をねだりに練り歩く日だ。 「……おかしくれなきゃいたずらするぞ」 そんなオトナ二人を見比べて、魔女っ娘の方が首を傾げながら男の言ったことを復唱した。 多分、意味はわかっていない。 もふもふオオカミの方は、なんとなく胡乱気にオトナたちの方を見上げていて。復唱はしなかった。 多分、今度は何をされるのか警戒している。その点では、もふもふオオカミの方が常識を持っている、のかもしれない。 常識というか、ただの本能で警戒しているのかもしれないけど。 「おら、そっちはどうした」 そんなオオカミくんを男が見逃すはずもなく。さっさと言えと促され。 もふもふオオカミはしぶしぶ、「……おかしくれなきゃいたずらするぞ」と呟いた。 「よし、やる」 にっと笑って、男は。 手に持っていた、こども用の仮装が入っていた袋よりちょっと小さい袋を――こどもたちの上で、ひっくり返した。 途端、重力に従って降りそそいだのは。 チョコレートにキャンディ、キャラメル、ビスケット、などなどなど。 ありとあらゆる、色とりどりのお菓子の数々。 うひゃあ、と小さい悲鳴を上げてお菓子の雨を受け止めて(というか、地味に痛そうだ)こどもたちが両方の手のひらと、足元にまで散らばったお菓子の中で首を捻って男を見上げた。 そりゃまあ、ハロウィン知らなかったら、何がどうしてお菓子を降らされなきゃなんないのか意味不明だろう。 「今日はハロウィンといってね……」 「ガキどもが人外の恰好をして、大人どもから菓子をせびる日だ」 いやまあ確かに間違ってないけどその説明も! 簡単に説明しようとした女を遮った男の言い草に、女はちょっと額を押さえた。 間違ってない、間違ってはないんだけど……なんか、違う気がする。 「ようするに、人でなしの祭りってことだ。つーわけで、その菓子は全部食っていいぞ」 「いやそれなんか違うでしょう!」 確かに魔女だのオオカミ男だの、仮装というのは大抵人外のモノに扮するわけだけど。 『人でなし』の祭りというのは、いくらなんでも拡大解釈が過ぎるだろう! と思ってツッコんだ女だったが。 その途端、足元の方から二つばかり、悲しそうな視線を感じてうっと固まった。 その視線を意訳するならば、すなわち―― ――食べちゃダメなの? お菓子の山の中で、それはそれは悲しそうな顔で自分を見上げるこども二人に、女は――折れた。 「……いえ、間違ってません。お菓子は食べていいですよ。ただし、今日全部食べちゃうのは禁止です」 わかりますね、と人差し指を立てて念を押す女にこども二人はこくこくと頷いた。 相変わらずの無表情でも、嬉しそうなのがわかるのは、そろそろ彼らの面倒を見るのも慣れてきたから。 「ああ、そうだ」 一件落着、と胸を撫で下ろした女の横で。 船長がもう一つ、爆弾を落とした。 「さっきの台詞言って、それでも菓子をくれねえヤツにゃ好きなだけイタズラしていいぞ。仕事に差し支えない程度でな」 ちょ……! 反論するよりも前に絶句してしまって、女が口をぱくぱくさせる、その足元で。 こども二人が、合点承知とばかりに力強く頷いた。 その日、世界最強最悪と謳われる海賊団の母艦では。 たまたまお菓子を持っていた団員以外に、阿鼻叫喚のイタズラが待っていたとかいなかったとか。
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