そして、やはり快晴の空。
青い青い、突き抜けるような空。

エルスティン王国から外海へと抜ける港、そこはお祭騒ぎだった。
今日、この港から数年ぶりに『世界の果て』に挑む傭兵が出港する。その姿を一目見ようと、各地から大勢の人間が集まった。国王の行幸もあり、街全体が華やかに飾り立てられている。

そんな中、旅立つ予定の四人の傭兵は、ひっきりなしに挨拶だの激励だのを受けていた。

「やっぱり銀河、間に合わないかなあ?」

人の波が切れた合間に、月季は砂礫に話し掛けた。

朝緋の話によると、銀河の失踪は公にならずにすんだものの、それ以来彼女の婚約者が、銀河が地界に行くことにいい顔をしないらしい。
呆れたように言った朝緋の表情を読んで、月季は内心笑い出したい気持ちだった。
銀河の婚約者は、きっと銀河のことが心配で心配で、すっかり懲りてしまったのだろう。そして、朝緋もそれを判っている。銀河はあんなこと言っていたけれど、

(充分、愛されてるじゃん)

そう感じる。会えないのは寂しい。でも、銀河がちゃんとそれを実感できる日が、早く来ればいいと思う。

そして、自分は。

砂礫の横顔を見ながら、月季は――本人は無自覚に――とても優しく微笑んだ。



大仰な式典も、ようやく終盤を迎え。
「では、諸君らの旅の成功と――無事を願う」
国王の言葉を合図に、月季達は船に乗り込んだ。審査の時の船よりも格段に装備も設備も優れたその船は、主に国王の出資によって建造されたらしい。それが、息子に対する餞なのかどうかは、月季には判らない。ただ、過日国王と話した後の砂礫は、それ以前の砂礫とは、うまく言えないけれど少し違って見えた。きっと、砂礫にもまた『変化』があったのだろう。
鏡もそうだ。再び朝緋との絆を結び直してからの鏡は、昔よりよっぽど柔らかく笑うようになった。

変化も悪いことばかりではない。

「出航――――!」

大きな歓声と共に、船がゆっくりと岸を離れる。
月季たちはまっすぐに見つめた。これから自分達が後にする地、もう二度と戻れないかもしれない地を。不思議と寂寥感はない。ただ、これからへの胸の高鳴りと、そして必ず帰ってくるという確信。
帰ってきたら帰ってきたで、それは決して終わりではないだろう。『世界の果て』を知ることは、きっと新たな時代の始まりとなるはずだ。おそらくは、砂礫がエルスティン国王の庶子であるという事実もまた、それに多少の影響を与えるのだろうけれど……今はそんなこと、考えていてもしょうがない。先のことは先のこと。今大事なのは、始まったばかりのこの冒険。

幼い日に交わした約束を果たすための、旅立ち。

港はどんどん遠ざかり、遂には四方に青い海しか見えなくなった。
ふぁさり、と。微かな羽音と共に、姿を隠していた朝緋が現れる。

「――間に合わなかったね、銀河」

誰にともなく月季がそう呟くと、朝緋が綺麗に笑って首を振った。
「そうでもないみたいよ」
そう言って目線を上げる朝緋につられて、全員が上を――青い空を見上げた。

ふわり、ふわ。

その青の中から、降ってくる白い羽根。そして、その向こうに。

「月季! みんな!」

舞い降りてくる、笑顔の少女が。
降り立つ銀河に、月季が飛びつく。バランスを崩しながらも、それでも嬉しそうに笑う二人を見ながら、砂礫が宣言した。

「よし、これで今度こそ、全員揃って出航だな」

砂礫が仲間たちを見回して。応えるように、全員が頷く。
全員が、笑顔で。



そして。抜けるような青い空の下。
ほんの少し騒がしく、彼らの旅は始まった。

あの日の約束、そのままに。






『せかいのはてを、みにいくんだ』












おしまい、そしてはじまり












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2011.11.13