何故だ何故だ何故だ何故だ――。 彼は焦っていた。 彼の計画は、ほとんど彼一人で立てたもの。 だから、この計画がどこかに――よりにもよって皇宮にばれるなど、あってはならないことだった。いや、例え彼に疑いがかかったとしても、それを立証できるような証拠は、どこにも残していないはずだった。 なのに、何故――。 皇宮の兵が、正確には皇太子の私兵が彼の居城に踏み込んできたのは、しばらく前のこと。そのまま彼は、城の、彼自身の部屋に軟禁されたままだ。 椅子に深く座り、何度目かもわからない溜息をついた時、部屋の扉が開かれた。入ってきた青年の姿を認め、彼は奥歯をぎりっと噛んだ。 「殿下……これは一体どういうことなのか、ご説明頂けますのでしょうな」 「これは異なことを仰る。説明して頂きたいのはこちらの方だ」 青年は――この空界の皇太子にして、彼の兄の息子、白夜は、冷たく笑って、言った。 「何故、我が婚約者を害そうとしたのです? 叔父上」 「蔡軌が、いない?」 月季は目をぱちくりとした。すぐ傍にいた銀河と砂礫も同じ表情。そんな彼らと正反対に、鏡と朝緋の顔は険しい。 「ああ、影も形も」 「いや、それって不可能だろ。海の上だぞ、ここは」 砂礫の言葉に、鏡は厳しい顔を緩めることなく首を振る。 「じゃあ、まさか海に落ちたのか!? やばいよ、早く探さないと……」 そんな鏡に、嫌な予感が月季の頭を掠め、次いで最悪の――少なくとも、今の月季が考えうる限り最悪の想像が過ぎる。一気に慌ててしまった月季を、やはり鏡が押し留めた。 「違う、そうじゃないんだ」 「あの男がそんなへまをするなんてあり得ないわ」 朝緋がゆっくりと断言した。 「そして、あの男には可能なのよ。海の上だろうとどこだろうと、姿を消してしまうことがね」 鏡がさらに顔を歪める。とても複雑なその表情に浮かぶのは、怒りや悲しみというよりも――強い戸惑い。 「朝緋、もしかして蔡軌さんは……あの方のこと、呼んだの?」 銀河が言った。『あの方』という発音の仕方と、『呼ぶ』という言葉から、月季と砂礫はそれが誰を指すのか悟った。 蔡軌の守護者。そして、銀河を殺そうとした張本人。 「逆よ。おそらく彼があの方のところに行ったんだわ」 「え……だって、でも、そんなことができるはずないわ。空界の門は、例え契約者だとしても人間を通したりしない。そもそも、人間には守護者の助けがなくては門に辿り着くことさえできないわ」 吐き捨てるような朝緋に銀河が反論するが、朝緋はそれに答えず。その場にしんとした沈黙が下りた。まるで、その先にある事実を厭うかのような沈黙が。 「……鏡、朝緋」 その中で、砂礫が声を発した。迷いも戸惑いもない、強さを秘めた声。 「はっきり言ってくれ。蔡軌は一体『何』なんだ?」 ともすれば命令にも聞こえかねない言葉は、ぎりぎりの線でそうはならない。だから鏡は複雑そうな表情のままに、重い口を開いた。 「おれも、ついさっき朝緋から聞いたばかりなんだ」 複雑な、表情。悲しみに似た感情、裏切られたのかという疑い、信じたくないという微かな希望。 「前に、蔡軌を護ってるのは魔属じゃないかって噂があるって言ったよな」 けれどもそれは、あくまで噂でしかない。蔡軌にはれっきとした翼の民の守護者がついている。『守護憑きの蔡軌』の呼び名は真実だ。 でも。 「あいつの守護者が魔属なんじゃない」 蔡軌が、蔡軌こそが魔属――それも高位の魔属なのだと、鏡は言った。
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