四月二十二日(木曜日) 「また明日」で昨日別れて、その『明日』である今日の授業は、いつもよりもずっとのろのろと流れているような気がして。ナオはもう何度も何度も、ちらちらと時計を見ていた。時計止まってるんじゃないか? と疑いつつ(もちろん、ただの気のせい)ようやく迎えた放課後。幸いにも今日の最後の授業は座学だったから、機材の片付けの必要などもなく。ナオは荷物をまとめて(授業の終わり頃には八割がたまとめ終わっていたけれど)教室を飛び出た。 昨日のうす曇りと打って変わって、今日は白い雲がいくつか浮かぶ良い天気で。日差しも強すぎず弱すぎず、ナオ好みの撮影ができる天気だ。日ごろの行いがいいからな、と自画自賛。 いつもと同じはずの、通学路の路線。だけど、誰かが待っているというだけで、こんなに違って見えるのはどうしてだろう。早く着かないかと気持ちは焦ってばかりなのに、目に映るモノはなんだか全部、新鮮で。 全部、写真に撮りたくなる。 少しでも早く、と急く気持ちを抱えながらようやく辿りついた約束の駅で。予想通り、彼女はもうナオのことを待っていてくれた。今日は今まで見た中で一番ラフな格好で、シャツにジーンズ、という出で立ち。足元はスニーカーだ。それでも生成りのシャツは、ブランド物ではないけれど、青い色筆を走らせたようなラインで日本画っぽく蝶と花とが描かれているオシャレなモノだ。アパレルは専門外だけれど、いいデザインだと思う。 ナオが『写真を撮りたい』と思う場所を巡るから、という理由で動きやすい服装にしてくれたのかもしれない。 それにしても、彼女はいったい何着この時代に服を持ってきているのだろう。それとも買っているのか。聞いたら怒るだろうから、聞かないけど。 「ごめん、待った?」 「待った。……早く来ちゃったのはあたしだけど」 ……なんか、デートの待ち合わせみたいだ。 そう考えてしまうと、なんか照れてしまって。ナオは照れ隠しに頬を掻いた。 「え、と。じゃ行こうか」 「うん。どっち?」 相変わらずの無表情でナオを見上げるアリスを見て、ふと、(笑っている顔が見たいな)と思った。 「とりあえず、あっち。ちょっと歩こう」 そう思ったことは口には出さずに、ナオはアリスを誘った。 「ほら、この川。たまに鴨とか泳いでるんだよ。あ、ほら、あそこ」 「へえ、こんなちっちゃいのに。あっちにある川の支流?」 「違うらしいよ。でも、反対側にずっと行くと、最終的には合流してるけど」 商店街を抜けた先にある橋を渡る。桜並木のほとりを流れる川よりずっと小さなその水面を泳ぐ鴨の姿を一枚、そして鴨を目で追うアリスも少し後ろから一枚。真剣に川面を眺める少女の姿が映っているのを、液晶画面の中に確認する。 「……楽しい? そんなの撮って」 「楽しいっていうか、満足かな。満足とも違うかな、どっちかっていうと自己満足? 自分の撮りたいモノにシャッターを切れてる、って意味なら、楽しいよ」 そんな会話を交わしながら、アスファルトの車道に引かれた白いラインの内側を二人、特に急ぐこともなく歩いて行く。途中、道端の雑草とか、道路に差す光が作る微妙な影とか、塀の上の猫を構うアリスとかにカメラを向けながら。二人、てくてくと歩いて行く。 「そういえば、ちょっと聞いてみたいことがあるんだけど」 「何?」 「写真家って、プロとアマチュアの差って何? うまく言えないんだけど、写真って誰が撮っても写真じゃない。絵とかと違って」 「わりとよく聞かれるよソレ。プロとアマの違いって、一番わかりやすいのは写真でご飯を食べようとしてるかどうかかな、と思うけど」 ナオはちょっと、首を傾げてから、続けた。 「ただ、写真の差っていうなら――これはあくまで僕個人の意見だけど、『思い出』以外のモノを残そうとしているのが、『写真家の写真』だと思ってる」 「思い出、以外?」 アリスがきょとんとする。ああ、まだ笑わせられてないな。そんな今の話とは少しも関係のないことを頭の隅に置きながら。ナオはカメラをちょっと持ち上げて説明した。 「プロとかアマとか意外にも、いろんな人が写真撮るだろ? こどもの成長とか、旅行の記念にとか。学校の運動会や遠足とかさ。そういう写真って、うまく撮れてるとか撮れてないとか関係なく、『思い出』でしょ?」 「家族写真、とか。アルバムに貼るみたいな、写真?」 「うん、そう。どんなカメラマンでも、家族写真は家族写真で、『作品』とは違うんじゃないかと思うんだ。そんな、カメラマンの家族写真を見たわけじゃないけどさ」 ちょっと肩を竦めて「答えになってる?」とアリスに聞くと、「なんとなく、納得できた」と返ってきたのでホッとする。 やがて二人は、ちょっと広い道に出た。ちょうど再開発の最中で、あちこち工事現場になっていて。先の方では高い高い高層ビルが建設中だ。その中の、広場っぽくなって、石造りのベンチやなんやらが置いてある場所で、ちょっと小休憩を取ることにした。 「ちょっと待ってて」 止める間もなくアリスが小走りに駆けて行って。しばらくして戻ってきた手の中には、缶コーヒーが二つ。 「これ、一昨日のお返しね」 そのうちの一本を手渡される。公園での自販機の奢りのお礼らしい。いや、お返しか。断る理由もないので素直に受け取って(受け取らないと拗ねられそうだし)礼を言う。 「あ、ありがと」 「どういたしまして」 並んで珈琲を飲んで。あ、と思い出して、ナオは昨日と同じようにカバンからポートフォリオを取り出した。昨日アリスに渡したモノとは別の、でもやっぱり昨日急いで作ったモノ。 「これ、本当はこっち先に渡すべきだったんだけど」 「何? ……あたしの?」 「うん、撮らせてもらった奴。今日のもちゃんと、明日には印刷して渡すから」 初めて会った日、アリスを撮った幾枚かの写真。誰かにモデルを頼んだ場合、なるべく早くその写真をプリントして相手に渡すのがナオの流儀だけど、アリスという存在は全くもって非日常なモノだったので。ついうっかり、今日まで忘れていた。 「あ。やっぱり迷惑だったかな。今の君の手元にも残らないし……」 もしかして、無駄なモノを渡してしまったのでは。でも、モデルしてもらった相手に渡さないのは仁義にもとるし。と、あわあわするナオに、アリスは「大丈夫」と首を振って。 そこで、ふと。 アリスは、くすっと笑った。 初めて見る、笑顔だった。 「そうね、きみの言う『思い出』を残す写真、けっこう時間渡航でも撮るわよ」 「え、あ、そ、そう、なんだ……はは」 「うん、未来から持ってきたカメラで撮れば、自分の時代に帰っても写真から自分は消えないから」 「へ、へー。不思議だね」 意味なく笑ってみせながら。ナオの頭の中は爆発寸前だった。 すげ、可愛い。笑ったの見たいって思ったのは確かだけど、予想以上に可愛い。やべ、どうしよう――って、どうしようもないじゃん! 頭の中がぐるぐるする、そんなナオの状況など絶対わかっていないだろうアリスは、さっさと笑顔を引っ込めて。ぺらり、ぺらり、と一枚ずつ、自分の映った写真を眺めていた。昨日の桜の写真のように、一つ一つ、丁寧に。 多分、アリスにとって。今笑ったのは、何も特別なことなんかじゃなくて。ナオ一人が勝手に意識しているだけ、なのだ。そう思うとカーッと恥ずかしさが込み上げてきて、ナオは慌てて残っていた珈琲を一気飲みしてそれを誤魔化した。 「ありがと。これ、印刷代払うよ?」 「あ、いや、モデルしてもらったのは僕の方だし、そんなのは……」 「そう?」 と、ナオの不自然さなど気にも留めていない様子でアリスは「それじゃ有難く頂いておくわ」とまた写真に目を落とした。そんなアリスを、ナオはなんだか直視できなくてどぎまぎと視線をさ迷わせた。 「この写真……」 「はいぃ!?」 あ、声、裏返った。 アリスも流石に不審な表情で「どうかした?」と尋ねてきた。 「あ、や、ごめん、なんでもない、ごめん……。えと、何?」 「……いいわ、別に」 「え、でも」 「なんでもないの」 慌てて喉の調子を立て直して問い返したナオの言葉を、アリスは強い語気で封じた。目をパチクリさせるナオだったが、アリスがそれ以上の追及を拒否しているのは、分かった。 しばらく、何も言えない時間が過ぎる。昨日の、桜の下の居心地の良い沈黙とは正反対の空気。何か言わなければと焦って――ナオはアリスの手の中の写真に目を留めた。 「あ、あのさ!」 「何?」 意気込んだ声に返ってきたのは温度のない返事。めげそうになる気持ちを奮い立たせて、ナオは続けた。 「未来にも写真って、残ってくれてるんだね」 「は?」 意味がわからない。そう言いたげな表情のアリスに、畳みかけるように説明する。 「未来は知らないけど、この時代ってデジカメとか写メとかすごい勢いで普及してるでしょ? だからよく、写真という表現媒体は生き残れるのか、って話題になるんだ」 「……そういうこと」 「うん。さっきのプロとアマの差の話と同じで、わざわざ誰かが意図を持って撮らなくても、いろんなものが自動的にメディアに残る。手法としても、フィルム使ったカメラなんてイマドキはもう古いって思ってる人がほとんどだろうし、僕も普段はデジカメ派だし――お金ないから」 「お金の問題なの? そこ」 さっきとは別の、不思議そうな表情のアリスに、ナオは大きく頷いた。 「そうなんだよ、お金かかるんだよフィルムカメラって。だから昔は、写真やるにはまずお金が必要だったんだ。今だって、全然いらないってわけじゃないけどさ」 話しているうちにさっきまでの居心地の悪さも忘れてしまって、ナオは話に熱中していた。所詮は写真バカなのである。 「まあ、ちょっと話ずれたけど。だから写真という媒体は、もう少し未来になったら消えちゃうんじゃないかって意見もたくさんある。 でも僕は、写真は残るって考えてる派なんだ。だから、君のお祖父さんが写真好きって聞いて、未来にもちゃんと写真って技術、表現方法は残ってるんだなって、安心したんだ」 今、ナオが感じている感動を、少しでもアリスに伝えたい。そう考えて言葉を選ぼうとするのに、その暇がもどかしい。たぶん、今日――いや、もしかしたらアリスとあってから一番真剣でキラキラした眼をしているナオのことを見るアリスの表情が少し曇ったことに、話に夢中なナオは気付かなかった。 「さっきも言ったけど、誰かが何かを――『思い出』よりも一歩進んだ何かの想いを伝えたいって、そう思って撮る写真は、きっと未来の人にも何かを伝えてくれる。――君が、あの桜の写真を見て、この時代の本物を見たいって感じてくれたみたいに」 だから、さ。と、ナオはアリスに向かって笑った。もう、さっきの気恥かしさはどこかに行ってしまっていた。 「何度も言っちゃってるけど、それを教えてくれて、ありがとう」 ナオがほやっと笑いながらそう言った、瞬間だった。アリスの顔が、あからさまに強張った。 「……あたし、何度もなんて言われてない……」 「え? 何、ごめん、聴こえなかった」 ぼそりと言ったアリスの声がうまく聞き取れなくて、聞き返したナオに。返ってきたのは、 「――なんで……なんでそればっかりなのよ!」 絞り出すような、語気の荒い、声だった。無表情は崩れ、憤りのような表情が浮かんでいる。あるいは、泣きそうな。 アリスの顔、無表情以外ではこんなマイナスの感情を現すモノばかりをさせてしまっているとか。急に怒らせてばっかりだな、とか。ナオの頭をそんなことが横切って。いや、そんな場合じゃない、と慌てて思考を切り替える。 「どうしたんだよ、『そればっかり』って?」 「自分でその話ばっかりの癖に、わかんないの!?」 アリスの言う『それ』が、何を指しているのかがわからなくて。戸惑うナオに、より一層苛立ったようで。アリスの頬が怒りに薄赤く染まる。 会ってから今日まで。こんなふうに、突然アリスを怒らせてしまったことは何回かあったけれど。今日のアリスは――うまく言えないけれど、いつもと違う怒り方をしている、気がする。 「えと……写真の話? ごめん、僕どうしても写真関連の話になると熱くなっちゃって、不愉快にさせたなら……」 「違うわよ! いや、ちょっとだけ近いけど!」 苛々と言い立てるアリスに、ナオは必死に頭を働かせる。写真の話以外と言うけれど、実は自分たちは写真以外の話なんてろくにしてないんじゃなかろうか。ナオと未来のアリスが恋をする話は今日はカケラも出ていないし、でないとすると、実はナオとアリスの共通の話題なんて全くないと言っていいようなモノだし。……アキラのことだろうか? いや、アイツの話も、今日は出ていない。 本当に、写真の話しかしていないのだ。なんだか情けないことだけど。でも、アリスはちょっと近いと言った。アリスが怒りだす直前、それまでしていた話は、なんだった? 「……君のお祖父さんの話?」 「違う!」 駄々っ子のように頭を振って。アリスがキッとナオを睨みつけた。 「桜の写真の話よ」 「――桜の?」 それは、もしかしなくても、アリスが好きだと言ってくれた、ナオが撮った桜吹雪の写真、だろうか? 確かにアリスが怒りだす直前にしていたのは、その話だったけれども。 「……なんで?」 「わかんないの!?」 アリスがその話で怒る理由が、全くもってわからない。ナオがわからないのが、アリスはより一層苛立つようで。形よく整えられた眉が、きゅんと跳ね上がる。 「何よ……何よ、あんな写真。あんな写真のせいで、あたしはこんな、振り回されてるの?」 「ちょ、どうしたんだよ、一体! 振り回されてるって……」 「だって、そうじゃない! あんな写真があったせいで、あたし今、すごい嫌な気持ちだ」 吐き捨てられた言葉に、ナオの心の奥底に重く冷たく凍えたカタマリが落ちた。一瞬、目がくらむような衝撃すら感じて、思わず奥歯を食いしばる。 自分の写真で、誰かが嫌な思いをするなんて、これまで想像したこともなかった。そんなこと望んで、写真を撮ってきたわけじゃない。 ただ、自分が綺麗だと想った心を、感動を。少しでも誰かに伝えたかっただけ、なのに。 でも、写真に限らず、創作物というのは観る人間が解釈するものだ。創った人間がどうこう説明するモノじゃない。 けれど。アリスがそんなことを言うとは、思わなかったのだ。 あの写真、好きだと言ってくれたのに。 「なん、で。あの写真のこと、好きだって」 「好きだよ、好きだったよ、けど」 アリスが、喉に詰まったように声を途切れさせて。 「――でも、嫌いになった。嫌いだ、あんな写真」 底の見えない光を瞳に浮かべて、挑むようにナオを見た。 「わかんないよ、理由を教えてよ」 「わかんないなら聞かないでよ! 聞けばなんでも教えられるとでも思ってるの? 何よ、あんなのただの写真じゃない。ただの、画像じゃない!」 ぐ、と。今度はナオが、喉の奥に何かが詰まったようになって、声が出せなくなった。 創作物は、確かに観る人間が解釈するものだ。だけど。 ただの写真、なんて言われるのは、我慢できなかった。そう思っている人が大勢いることくらい、ナオにだってわかっている。でも、ソレに一生を懸けていこうと思っている人間として、どんなに未熟だとしても。 ここまで言われて怒れないほど、ナオは聖人君子なんかじゃ、ない。 「……なんだよ、わかんないこと言ってんのはそっちじゃないか! 聞かなくてもわかれとでも言うつもりかよ、エスパーじゃないんだよこっちは!」 ナオの反撃など思いもよらなかったのか、アリスが怯んだのがわかった。けど、いまさら冷静になることもできない。ナオも、アリスも、きっとお互いに。 「察するくらいできないの、この鈍感!」 「察するたって限界があるだろ、鈍感で悪かったな。じゃあなんのために言葉があるんだよ、話し合うためだろ?」 「今のきみの状態が、話し合いだとはとても思えないけどね」 「それはお互い様だろ!? てか君が先に吹っかけてきた癖に!」 「はあ!? こっちに責任転嫁するわけ? 男らしくない」 「男らしいとか女らしいとか以前の問題だろ!?」 もはや、何を言い争っているのかもわからない次元になってきて、でもどっちも引けなくて。 つい何分か前までの、少し緊張した、けど穏やかだった空気はいったいどこへ行ったのか。 お互い、罵る言葉も尽きてきて。先に背を向けたのは――今日は、ナオの方だった。 「帰る。これ以上ここにいても、話にならない」 「っ、それはこっちの台詞よ。さっさとどっか行けば?」 歩き出す背中の向こう側で、アリスも同じように踵を返して立ち去って行く気配を感じた。ここから駅まで、道わかるのかな。そんなことが頭をよぎったけれど、今の状態で彼女を駅まで送っていく、なんて紳士的なことができる気はしないし。ドラマみたいにお金だけ渡してタクシーに押し込むような甲斐性もない、貧乏学生だから。そもそもここら辺、タクシーなんて走ってない。 ていうかそもそも、自分がそこまでする必要ないし! 思考を打ち切って、ナオはそのまま歩き続けた。振り返ることは、しなかった。 「……」 ごろごろごろ、と。もう、何度寝返りを打ったことか。 いつも寝るのよりずっと早い時間、ナオはベッドの中で悶々としていた。 アリスとケンカ別れした後。ナオは恵比寿の美術館に行って(本当は、アリスを誘おうかと思って割引券を二枚もらっていたんだけど。今思うとデートか何かと勘違いして浮かれてたっぽくて恥ずかしい)、でもなんだかあまり楽しめなくて。バイトでがーっと働きたい気分だったけれど、わざわざ誰かにシフト変わってもらう(普通と逆じゃん)のも面倒で。家に帰って残った課題を片付けようとしたけれど、イマイチ気分が乗らなくて。テレビを見ても、雑誌を読んでも、なんかどれも手につかなくて。こういう日は寝るに限る、とベッドに入ったものの、安らかな眠りはなかなか訪れない。 ようやくうとうととまどろんだ、その時。充電機に差しっ放しの携帯電話の着うたに、落ちかけた意識が強制的に覚醒させられた。 この着うただと、メールじゃなくて着信だ。誰だいったい、と不機嫌になりつつ、無視を決め込んで頭から布団に潜り込む。着うたはひとしきり鳴った後、諦めたのか留守電に切り替わったのか、静かになった。再び襲ってきてくれた睡魔に今度こそ身を任そうとしたナオだったけれど。再び同じ着うたが、部屋の中に流れ出した。 ちょっと――いや、かなりむかっとしつつ、でも何か緊急だったらまずいなと思って、ナオは渋々ベッドから起き上がり。携帯電話を手にとって……固まった。 まだ鳴っている着うた。小さなディスプレイに表示されているのは、一番最近に交換した番号と、その持ち主の名前。結局その着信も、出られないままに音楽は途切れ。 そのまま手にしていた携帯電話は、その後も二、三度、同じ番号からの着信を告げたけど。 そのどれにも、ナオは出なかった。 やがて。あきらめたかのように携帯は音を鳴らすことを止めた。
|