モニターと通信機器が設置された白い部屋の中に、白衣を着た男が一人、立っていた。 『まだ、みつからんのか』 音声のみが伝えられるモニターの向こうから聞こえてくるのは、苛立った男の声。白衣の男は、淡々とした声音でそれに応じた。 「申し訳ありません。現在、引き続き捜索中です。これまでの足取りから、おおよその行き先は絞れてきていますが」 『早くしろ。アレは計画の要だぞ』 「承知しております」 通信相手の男は大きく舌打ちすると、「とにかく、計画は予定通りに進めるからな」と言い放って通信を切った。未練のカケラもない様子で、白衣の男は何の反応も示さなくなったモニターの前から離れ、通信室を後にした。続きのドアを抜けた先は、同じような白い部屋。そこでは男と同じように白衣を着た人間が何人も忙しく立ち働いていた。 「あの方、ご立腹だったでしょう?」 まっすぐ男にかけられた声に、男はほんの少し眉を顰めてその声の方を向いた。男の視線に先にいたのは、情報端末の前に優雅に腰掛けたスーツ姿の美女だった。 「閣下のお守はお前の仕事だろう。わざわざサボってきたからには――何か掴めたんだろうな」 「ええ」 彼女はゆったり微笑むと、その細い指で情報端末を操った。男もまた、後ろからそれを覗く。 「『ジェノサイド』の暴走が最後に確認された街から全方位に向けて調べてみたら――ほら」 女がモニターに映した、小さな小さな、地方新聞の記事を眺めて、男は僅かに目を眇めた。その記事が伝えているのは、とある街の片隅で男が二人、意識不明の状態で発見されたというものだった。幸い二人とも数日後に目覚めたが、原因は今もって不明という。続報など期待できそうにないありふれた事件。しかし、彼らにとってそれは大きな意味合いを持つものだった。 「アレの仕業だな。しかし、この街にいるとは。少し面倒だな」 「そうね、『彼』が絡んでくる可能性があるわ。とすると、厄介ね。下手に『能力』を抑えていくわけにもいかないし、かと言って『能力』を抑えなかったら……」 憂いた表情も美しい女性を横目で見て、白衣の男はその無表情を崩しもせずに言った。 「いい。今回は俺が出よう。お前に『アイツ』の相手は荷が勝ちすぎる」 当然のように彼女の力不足を指摘する男の言葉に、今度は彼女がほんの一瞬、眉を顰める。しかし、彼女はすぐにため息を吐いて頷いた。 「わかったわ。確かにその通りだものね――じゃあ私は、今度は『メサイア』の捜索に移るわ」 「そうしてくれ。ただ、最優先でなくていい。閣下の秘書業務の方を優先しろ」 「……どういうこと?」 「今回の計画は、最悪でも『ジェノサイド』さえ準備できれば実行できる。『メサイア』の捜索の優先順位は落とす」 「でも、もし『ジェノサイド』が暴走でもしたら……!」 「ああ、だから優先順位を落とすだけだ。お前は『メサイア』捜索の件を離れてかまわん」 女はうつむいて、そして呟いた。 「あの方は、それで大丈夫だと思っていらっしゃるの?」 「大丈夫だと考えているからできるんだろう。我々は、ただ命じられたことを為すのみだ」 「そう、ね……」 女は顔も上げず、苦々しいものを呑みこむように声を漏らした。 男は一つも、表情を変えない。
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