薄暗い地下室の中。しんと静まりかえった空気は、リクルの心にどうしようもない圧迫感を与えていた。 美羽が上の様子を見に行ってから、どれくらい経っただろう。ショウはあのまま、何も言わずに、変な感じで考え込んでいる。子供たちも、しんとしたままで。 上に行った二人は大丈夫だろうか、と。リクルはただ一心に、彼らの無事を神に祈っていた。 リクルは、美羽が診療所に初めて来た時から美羽の翅のことは知っていた。それがもう、二度ともとには戻らないということも。 だけど。 先ほどの美羽の見せた力。何が起こったのかはよくわからなかったけれども、黒づくめの男を吹き飛ばした吹雪は、美羽によるモノなのだと。どうしてか、それだけはわかって。 美羽が、怖いと思った。 そう思った自分を自覚した瞬間、リクルは強烈な自己嫌悪に襲われた。美羽は、友達なのに。でも、怖いと思ったことも本当で。リクルは、美羽に向かってどんな顔をしたらいいのか、わからなかった。 なのに、ショウは、美羽に怯えなかった。美羽の千切れた翅、それに驚いただけで、それを除けば、美羽に対する態度は全く変わっていなかった。ショウだって、美羽があの男を吹き飛ばして――傷つけたということはわかっただろうに。なのに、それすら自然に受け入れていた。 リクルの方が、ずっと長く、美羽のことを知っていたのに。 そういえば、美羽は去り際、ショウに何を言っていたのだろうかと、ふと気になった。美羽がショウに何か囁いて、それからショウは、ずっと何かを考え込んでいる。 「……ショウ?」 おそるおそる声をかけると、びくりとショウの肩が揺れた。まるで、怯えているかのように。その反応に、少し苛立ちを感じる。さっきの美羽にはそんな反応、しなかったというのに。 「ショウ、あんたさっき、美羽に何言われたの?」 なるべく他には聞こえないように。リクルはショウの顔に自分の顔を寄せた。 「別に……」 「別に、じゃないでしょ。あんたおかしいよ、さっきから。何もないわけ、ないじゃない」 なんだろう、なんだかむかむかする。ショウが元気ないのも、美羽やグラファイトがいないのも。こんなところに、閉じ込められていることも。 自分たちが、何をしたというのだろう。こんな目に遭わなきゃいけない、何を。 「俺、やっぱり上に行ってくる」 すくっと勢いよく、ショウが突然立ち上がった。過去の記憶に囚われそうになっていたリクルは、その勢いで目が覚めたかのように我に返った。 「うわっ……何よ、いきなり! 美羽がここにいろ、って言ったでしょ!」 「んなこと言っても、美羽一人に任せておけるかよ!」 「バカ!? バカ決定ね!? あんたに何ができるっていうのよ、死ぬ気!?」 「死なない」 聞き分けのない子供を窘める気分だったリクルの言葉に答えたのは、意外なほどに静かな声、だった。驚いてショウを見上げると、怒っているとは少し違う、強い表情がそこにあった。ただの、無茶を言っているだけの顔とは違う、――綺麗な、顔。 「あいつが死なないって言ったんだ。だから、俺はこんなとこで死なない、絶対に」 リクルは絶句した。返す言葉が見つからない――いや、返す言葉だけならいくらでもあった。 意味不明だ、とか。 あいつって誰、とか。 根拠のカケラもないじゃないか、とか。 とにかく、美羽が戻ってくるまで待て、とか。 けれど、それらがリクルの口から零れることはなく。リクルは、完全にショウの雰囲気に、呑まれてしまっていた。 「上まで……入り口までだけ、行ってくる。行って覗いてくる。それで戻ってくるからさ、な」 ふっと、ショウの雰囲気の強さが弱まった。そっぽを向いてそう言ったショウは、背中を向けて階段に足を……かけたところで振り向いた。 「あのな、俺は何も死にに行こうってワケじゃねーんだから――その泣きそうなツラ、なんとかしろよ」 言われた方のリクルは、目をぱちくりとさせ。次の瞬間、憤然と言い返した。 「ちょ、誰が泣きそうだっての!?」 「わ、おい、馬鹿!」 うっかり大声を出してしまったリクルを、ショウが慌てて止める。リクルも気付いて、しまったと口を両手で抑える。そんなことをしても、放った声は戻ってこないけれど。これではショウに馬鹿と言われても仕方ないと、ほんの少し顔を赤くしたリクルを見て、ショウは意外なほど優しい顔で笑った。 「そうやって怒ってた方がらしいよ、お前」 「え?」 「じゃ、すぐ戻るから」 そのまま、ショウはそろそろと階段を上がっていって。残されたリクルは。何故かどきっとした心臓の上に、ぎゅっと手を当てた。 認めない。絶対に認めてなんて、たまるものか。 『笑ったり怒ったりしてる方が、お前らしいぞ、リクル』 昔、そう言ってくれた彼と、あの憎たらしいショウを重ねてしまったなんて。
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